甲骨文字から漢字を学ぶ。- その2 神との対話 
 
 甲骨文字とは で述べたように、かつて漢字とは神との交信を記録するためのものでした。
 白川静氏がそのあたりを解明していったのですが、それを象徴する発見が(さい)でした。
 (さい)はその形から、「くち」とされてきましたが、それではつじつまが合わない文字がたくさんありました。
 白川静氏はそれを「神への祈りの言葉を書いた紙を入れるための器」と説きました。
 (さい)は器であり、また、神への祈りの象徴として字形の中に現れます。
 
 その器を守ったり、壊したり、流したり、いろいろな作用をすることによって、神への様々な要求を実現化しようとしました。
 
 例えば、「告(吿)」という字は従来「牛が口をすりあわせて何事かを訴えようとする形」と説かれてきました(『説文解字』による)。
 しかし、「告(吿)」の甲骨文字はと書き、牛は出てきません。
 これは(さい)の上に小枝を挿している形で、日本でいえば榊のようなものでしょうか。
 つまり、「告」は神への祈り方を表す字なんです。
 実際、甲骨文字の文である卜辞(ぼくじ)には「いのる」という意で使われています。
 
 さらに「史」という字は、甲骨文字ではと書き、(さい)を枝につけてそれを手に持つ形。
 神に捧げて祭ることを意味する字です。
 さらに吹き流し(旗みたいなもの)をつけると、金文の字形ではとなり、これは「事」
 同じく祭りを意味します(「史」は内祭、「事」は外祭)。
 
 (さい)のうちにある神への祈りを厳重に守るためには、堅くフタをする必要があります。
 それを表す字が「吾」です。
 上の「五」は木を組み合わせてできたフタの形。
 今では「わたし」を表す漢字ですが、この使い方は「仮借(かしゃ)」といって、「わたし」という音と「吾」が同じ音だったので、借りてきたものです。
 元の意味は「まもる」ですが、もっぱら「わたし」の意で使われるようになったので、かわりに「敔」という漢字が「まもる」意で作られました。
 また、(さい)の上に「干(たて)」を置くことでも祈りを守りました。
 その字が「古」
 永久に祈りの効き目を持続しようとしたので「ふるい」意になりました。
 
 逆に、(さい)を刃物で傷つけて、祈りの効き目をなくしてしまおうともしました。
 取っ手のある長い針を(さい)に突き刺した形が「舎(舍)」
 針を刺して祈りの効き目を失わせようとしました。
 つまり、「舎(舍)」は「すてる」意で、のち「捨」という字になりました。
 
 他にも「言右」など、口偏を除いた「口」を含むほとんどの漢字が(さい)に従っていて、それにより説明が可能です。
 
 詳しくは白川静氏の書籍に譲りますので、実際読んでみることをオススメします。
       
参考書籍 漢字百話 (中公新書 (500))」白川静著
漢字―生い立ちとその背景 (岩波新書)」白川静著

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