「一点しんにょう」か「二点しんにょう」か?
 
 準1級、1級は常用漢字以外の漢字も出題範囲となります。常用漢字は漢字制限の一環で決められたものですから、字体を略そう、統一しようという力が働いています。
 その一つが「しんにょう」です。「しんにょう」とは「近」「通」などの部首であるで、常用漢字では点は一個です。ところが、パソコンや携帯で打ち出す文字で、「辻」「這」など常用漢字外の漢字(表外漢字)では点が二つになっています。今このHPを見ている方にも、そういう風に見えてるかと思います。
 準1級・1級を勉強するときに、この「一点しんにょう」にするか「二点しんにょう」にするか迷ってしまう人も多いんじゃないでしょうか??たとえば「逼迫」という熟語。は表外字なので二点で、「迫」は常用漢字なので一点・・・この通りに書かなきゃならんのか?!どっちかに統一すべきか?
 
 漢字マニアの方はおそらく「二点しんにょう」が好きなのではないでしょうか??いわゆる正字好きということになりますが、それは「康煕字典」の字体を規範としているからだと思います。康煕字典は1716年、清の康煕帝の勅命によって作られた権威ある字典です。以来、これが最も正統であり規範となりました。その権威ある「康煕字典」に載ってる漢字の「しんにょう」が二点なのです。
 先ほど、漢字制限で常用漢字に「一点しんにょう」が採用され始めたっぽいことを書きましたが、「一点しんにょう」は最近生まれた省略法ではなく、書き文字としては漢代ほどの昔からありました。「二点しんにょう」も同じぐらい昔からあります。それどころか、点すらなく、L字っぽいものもありました。
 「しんにょう」は「彳(てき)「止(し)を縦に合体した(ちゃく)が元で、漢和辞典で「しんにょう」を探すとき7画のところにあるのはこのためです。「彳は十字路を表す「行」の左半分で、「行く」という意味。「止は足跡の形で、「進む」という意味です。あわせては「進む・歩く」という意味です。この際、「彳」の三画目も右から左へのはらいになっています。
 漢字は簡単に書くと「甲骨文字」→「金石文字」→「篆書」→「隷書」→「楷書」みたいな感じで書体は変化してきました。
 紀元前221年、秦の始皇帝の頃の篆書の形では。それが隷書の時代になると、筆で書くようになるので、筆の運び方によってだんだん省略された形になっていくのですが、「止」の部分が大幅に略され、大げさに書くとみたいな感じになります(隷書)。この形を一画目と二画目を左から右へと、更に三画目以降を続けて書くととなり、三画目はくねくねしていません。「彳」の部分が左から右へと書かれてこの形になるのです。これが「二点しんにょう」です。更に、二画目の点と三画目を続けて書くと、その部分がくねくねしてとなり「一点しんにょう」のできあがりです。つまり、は二画目以降の筆の運びが続いているかいないかの違いで、同じものと言えます。他にも「くねった二点しんにょう」や「点がないL字型しんにょう」もありました。更に更に、日本の「当用漢字字体表」「常用漢字表」のしんにょうを見てみると(文化庁HP)、のような「くねくねのない一点しんにょう」が採用されています。
 
 つまりどれも歴史的に存在したもので、どれが正しいと言うことはありません。ただ、日本では「常用漢字」というものが決められているため、常用漢字に関しては「一点しんにょう」を使用するのが「正しい」ようです。ちなみに、くねるかくねらないかは「常用漢字表」の「前書き」では問題にしないと決められています(文化庁HP)。
 書道の原則に、「楷書の標準字体は初唐にある」というのがあります。では初唐時代はどんなしんにょうが標準だったのでしょうか?
 『唐楷書字典』のしんにょうの部880字中、二点しんにょうは22字の2.5%にすぎません(『漢字字形の問題点』野崎邦臣著より)。日本でも平安時代からず~っと一点しんにょうです。
 明代の『字彙』や清代の『康煕字典』が、篆書体で書かれた『説文解字』をもとに楷書体化した、作られた楷書を採用したため、二点しんにょうが正式なものという意識が、その後の時代で生まれます。
 日本でも明治に入って、『康煕字典』=正式なものとして教科書体に採用され、二点しんにょうが教えられるようになりました。ただやはり、一点しんにょうが手書きの楷書では多勢を占めていたため、大正からは一点しんにょうに戻りました。そして今まで一貫して現在の常用漢字表に至るまで一点しんにょうが採用されています。
 ただ問題は、「新常用漢字」です。追加された漢字の中で「しんにょう」を持つものは「遡」「遜」「謎」。採用を議論する中で、現在の常用漢字「近」「遠」「進」などとの整合性はどうするのか?という問題が浮上してきました。「一点しんにょう」にまとめるのか?「一点しんにょう」と「二点しんにょう」に分けちゃうのか?
 そして、2010年に新常用漢字表が告示され、「遡」「遜」「謎」はそのまま二点しんにょうが正体となりました。もちろん一点しんにょうで書いても良いことになっていますが、学校ではこれらの二点しんにょうが正体として教えられることになってしまいますから、「近」「通」などの一点しんにょうの常用漢字との整合性で、教育現場は混乱してしまいます。当然、一点しんにょうと二点しんにょうの交ぜ書きが氾濫することになるでしょう。せめて中高の先生は一点しんにょうで統一して教え、まさかとは思いますが、受験や試験で二点しんにょうで書かれてないからといって間違いにしたり減点したりすることがないようして欲しいです。
 なぜ、二点しんにょうのまま採用することになったのでしょう。そもそも、新常用漢字を改訂するにあたって、IT機器の字体の考慮がありました。インターネット上で表示される活字は、字体がほぼ決まっており、常用の漢字とその字体が同一でなければ混乱するという考えがあったので、手書きのことはまったく考慮されていないのです。したがって、手書きの楷書の長い歴史を無視した改訂がなされたことになります。それまでの常用漢字表は、いわゆる新字体とは歴史ある手書きの楷書体を考慮した通用字体を採用していたのです。
 同様の問題が「しょくへん()」にもあります。手書きの楷書ではで書くのが標準です。
 これらの問題は「同じ漢字でも微妙に違うんですけど、どれが正しいの?? 正字体と通用自体」も参考にして下さい。
 ちなみに、日本の常用漢字とは無縁で、今でも繁体字を使っている台湾では、「くねくね付き一点しんにょう」で統一されて教えています。
  • http://www.edu.tw/files/site_content/M0001/bishuen/bi.htm
    ↑ここの「七畫部首」のをクリック。文字化けする場合はブラウザの文字エンコードを「繁体字中国語(BIG5)」に設定してください(IEなら「表示」→「エンコード」にあります)。
 

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